アミはアミなの!

犬と暮らすWEB漫画

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人生は必然か

 母が逝ってから3週間。

いままで理不尽に思えていたことが必然だったのかもと思い始めた。

2年前、アミが突然12歳で死んでしまったのは、どう考えても理不尽だと思った。
大切に育てていたのだから15歳くらいまでは生きてくれると思っていた。

でも、もしもそうだったら母がいなくなった今も生きていて、私は愛犬を看取るということを一人でやらなければならなくなっただろう。
アミの漫画はまだ出版されず、連載は続いていて、母が自分も出演している漫画を手に取ることはなかっただろう。

母の子育てはユニークだった。
幼いころから「夢見る夢子さん」だった私は、幼稚園に定時に行けたためしがなかった。
朝ごはんを食べながら手が止まり、支度をしながら手が止まり、おとぎ話の夢想に入ってしまうので時間通りにすすまないのだ。
それでも母は一回も「早くしなさい」と言ったことがなかった。
必ず「何を考えているの、あっこちゃん」と聞き、私が「あのね、いまね、王子様がね、」と物語を話し始めると、黙って聞いて、「そう、良かったわね、じゃあご飯を食べましょう」と促したものだった。

電車に乗れば本を読んではるか遠くまで乗り過ごし、夢想しながら学校から上履きを履いて帰り、家ではピアノを弾くか漫画を描くか本を読んで過ごし、小学校の宿題は一回もやって行ったことがなく、立たされてもマジックで顔に罰点を書かれても平気な顔をしていた。
それでも母は「困るのはあなただから」と怒ったことはなかった。
それどころか担任に「顔に書くとは何事ですか。手ならわかるけれど顔に書いたら本人に見えない。これは罰ではなく見せしめです。」と文句を言いに行った。

母には教育の信念があった。
その子の才能を伸ばそう、芽を摘まないようにしよう、と、私にも弟にもしてくれたが、親戚や近所からは随分変わり者扱いされた。

だから、私の「アミはアミなの!」が本になると決まった時、母は泣いた。
だれかれ構わず私の本を買って配った。
がんセンターに入院してからも看護師さんに本をプレゼントしていた。

アミ本の出版は母の長い信念の子育ての成果なのだ。
それが間に合ってよかった。

だからアミが先だったのだ。
まだ12歳なのに何故、とその時は思ったが、長い間かかって答えが出る時もあるのだ。

『起こることと、起こる時期は全て絶妙なタイミングで必然だ』という事を私は信じる人間だ。
母が逝ってしまったのは早すぎる、と、今は思っているけれど、きっとその答えが分かるときもいずれ来るのだろう。

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ご報告

 今日は、この場を借りてお知らせすることにしました。

3月26日母が亡くなりました。
7年前の乳がんの再発で、昨年12月3日に告知を受けた時は全身に転移し、末期でした。
犬のためにも私のためにもと、何とか治そうと色々な治療法を尋ね歩き頑張って来ましたが、願いかなわずこの世を去りました。

 最後まで立派に前向きに振る舞い、何と強い人だろうと改めて思いました。
余命宣告をされてからも、「病院のまずい食事を写真に撮るからカメラ持ってきて。」と最後までユーモアを忘れず、また、遺影に使う写真や棺で着る服を指定したりと自分の始末をどんどんつけて行きました。

病気が重くなり始めて、「毎晩おばあちゃん(母の母)が迎えに来るの。」と言い、亡くなる10日くらい前からは先に亡くなった知人たちに加え、「犬が見える」と言いました。
「(みんなが来てくれて)不思議と寂しくない」と書置きに書いてありました。
「犬」が誰だったのかはわかりません。
何しろ先に行って待っている子たちが20頭近くいるのですから。

懐かしいことでしょうね。
自分も逝く時アミや母が迎えに来てくれると思ったら、なんと嬉しく安らかなことでしょう。
母もそんな心境だったのかも知れません。

 残った犬と私を母は心配し、「あなた一人になってしまうんだから、無理せず手分けして貰い手を探しなさい。一人で飼えるのは5頭までよ。」と言いました。
実際、私が倒れてしまったらもっと大変なことになってしまうと思い、一時期は胃痛と夜眠れない日々が続きました。
それで思い切って犬ファミリーの人たちに相談し、手分けして貰い手を探して頂き、一頭また一頭と引き取られて行っているところです。

2ヶ月になる子犬たちが新しいおうちに今月お引越しになるので、来月になればうちにいる成犬はあやめ、あみり、詠太、ぐみ、アトム、ヒビキ、ユリの7頭、未定の子犬が一頭、計8頭になります。
母は5頭と言ったけれど、ヒビキとユリは高齢なので私が看取った方がいいと思っています。

怒涛の4か月、あまりに短い4か月でしたが、濃い4か月でもありました。
母は弱って行く所を人に見せたり知らせたりしたくない人だったので、家族のみで葬儀をすませるまでどなたにも言わずに来ました。

 母の生き様は娘から見ても立派で、母のもとに生まれることが出来て、沢山の学びがあり、本当に幸せだったと思っています。

生前お世話になった皆様、ご報告が遅れましたが、大変ありがとうございました。

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脱走

 暖かくなって、犬たちを庭に出し、室内で子犬にご飯を食べさせたり掃除をしたりしてから外に行ってびっくり!
あみりが隣家の庭を歩いているうーーっ!

 うちと隣家との間は鉄製のフェンスで仕切られている。
人の肩ほどの背丈があり、切れ目はない。

「なんでっ」

フェンスの前には土のスペースに植木があり、その前にさらにもう一重簡易の柵がある。

「あみりんりん、もどっていらっしゃい。」
(『あみりんりん』と呼ぶと嬉しくなるらしく喜んで飛んで来る確率が高い)
はやる心を抑え明るく呼ぶと、するするっとフェンスの下とブロック石の間をすり抜け、植木をかいくぐり、簡易柵の隙間をつるっと抜けてスキップするように戻ってきた。

・・・!!

今まで誰もくぐったことのないスペースだ。
指三本分の隙間は子犬にはくぐれるかも知れないが、その前の簡易柵が高低差があって無理だ。
大人はもちろん狭くて無理だ。

あみりの知能と身の軽さと小さで実現した脱走。

あみりのサイズの小ささと案外な大胆さに改めて、「この子には気をつけよう」と実感。
良かったよ、行方不明にならなくて。

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また追い越される?

 ゆずの子供たちが生後40日になった。
一番大きい子はほぼあみりと同じ体重になった。

ふと気が付くとチビさんたちのご飯時に紛れ込んでいる。
あみりは腎臓に負担がかかるといけないので、たんぱく質の特に多いチビチビ食を食べさせるわけにはいかないのだが、尻尾を振って一緒に座っているので思わず一粒舐めさせてしまう。

遊びも一緒に駆け回っているが、さすがに7か月と1ヶ月は知能が違うらしく、あみりが一歩リード。
それがあみりには嬉しいのだろう。
余裕でからかって遊んでいる。

でも今のうちだよ。
あと半月近くで追い越される。
体は絶対一回り大きくなる。

その時のあみりのつぶやきが聞こえるようだ。
「なんで皆どんどん大きくなるのよ!ずるいよ!私ここまで大きくなるのに7か月もかかったのにさ!」

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さて、何匹いるでしょう?
答え:6びきでーす。
犬団子

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春の気配

 家の門扉脇に椿の木がある。
毎年切ろうと思いながら切れないでいる。

切ろうと思う理由は、この季節、風が吹くと花が山のように落ちて、お隣の家の入口まで椿だらけにしてしまうこと。
無精者の私としては毎日ほうきとちりとりで掃除するのが大変だ。
もう一つの理由は、チャドクガの大発生。
椿はチャドクガの大好物で、葉の裏にびっしりと整列したように幼虫がつく。

春先は気をつけないと、うっかり触れようものなら腫れ上がってしまう。

今日、落ちた椿の花を拾いながら犬たちを庭に出していると、ぷーんといい匂いが。
「ん?何だろうこの香り。」
香ばしい甘い匂い。

グミが椿の花をもぐもぐ食べている。
・・・このにおいじゃないよね。

ぱりぱり音を立てている子も数匹。
椿の実を齧っている。

これかっ!
椿油の匂いだ。
びんつけ油の匂い。

赤い花をくわえてカルメンのようにはしゃいでいる子、花びらを一枚ずつもいで玄関を赤い花びらだらけにしている子、そこに青く甘い匂いが漂って、春が門の先までやって来たのが感じられる。

今年も木を切るのは延期かなぁ。

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