アミはアミなの!

犬と暮らすWEB漫画

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≪あんじゅ成長≫

 あんじゅがあと一週間で7か月になる。
半年を越えたあたりから突然成大人っぽくなった。
精神的にも身体的にも。

まず身体。

歯が永久歯に抜け替わった。
新品の永久歯はまぶしいほど真っ白に輝いている。

耳毛。
お母さんのあやめに比べると伸びが遅いが、ワカメみたいな黒い毛が耳の先からひょろひょろ伸びている。
首回りの毛(カラー)と背中のたてがみ、お尻周りの毛もふさふさ豊かになってきた。
尻尾の毛はまだ少なめ。
このバランスが犬でいう女子高生のぴちぴち感を醸し出している。

食も少し細くなった。
一番カロリーを必要とする育ちざかりを過ぎて成長が緩やかになっているあかしだ。
あやめの時は食が細くなりすぎて痩せてしまい苦労したが、あんじゅは幸いそこまではひどくないので、うまく移行してくれるといいのだが。

そして精神。
あんなに大変だったゼリーシーツビリビリ遊びがぴたっと止んだ。
「なんでこんなことが面白かったのかしら、ワタシ。ふっっ。こどもだったわね。」
と言わんばかりだ。

「床剥がし」も収まりつつあるが、たまに剥がれたかけらが落ちているのであと少しの辛抱。

家じゅう駆け回るようにもなった。
パソコンチェアーを離して置いていても跳躍する。
1メートル以上楽に跳んで柵越えをするのは馬の障害物レースを見ているようだ。
ただ、あやめが同じ年頃はもう柵をよじ登って越えていたのに、あんじゅは単独で柵越えは出来ないみたいだ。
柵をよじ登るのと、跳ぶのとは根本的に違う。
まず、「よじ登ってでも超えるぞ」と言う執念がなきゃ出来ない。
あやめの『なぜ柵を越えるのか。そこに柵があるからさっ。』的な性格よりは少し甘ったれだ。
両親が揃っているからだろうか。

隙を見つけては2階に駆け上がる。
階段の上り下りを教えてからは、2階と言う新しい秘密の花園に行けるのが嬉しいみたいだ。
用もないのに2階にあがり、巡回してから降りてくる。
降り方はまだぎこちないが、大人になった気分を味わっているような得意げな顔だ。

行動範囲が広くなったせいでいたずらの質は代わり、昨日気づいたが、掃除機のコードが噛み千切られていた。
コードレスのスティック掃除機の充電コードなのでしまっておくわけにいかなかった。
うーん。
買い替えようかとちらっと思っていたが、決断するしかなくなったようだ。
ダイソンにする?
犬の毛も絡みにくいってよ。
一番いい奴高いからなぁ。

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≪小さな大横綱の訃報≫

 第58代横綱千代の富士が亡くなった。
61歳であった。

 私の青春時代の大スターだった。
あんな格好いいお相撲さんはあとにもさきにもいない。

北海道出身で、「飛行機に乗っけてやるから東京見物に来ないか。」と先々代の九重親方・元千代の山に誘われて、すぐ帰る気持ちで15歳の時に入門した。
肩甲骨のお皿が先天的に浅く、投げ技を打つと脱臼した。
力士として初めて筋トレを取り入れダンベルなどを用いて体中に筋肉の鎧を作って脱臼を防いで横綱まで上り詰めた。

彼が関脇になってテレビなどで注目され始めて私も初めて「千代の富士」を知った。
私は当時大学生で、それまで相撲に全く興味がなかったのに見事にのめり込んだ。
大学の近くに小さなイタリアンレストランがあって相撲中継をやっていた。
(イタリアンと相撲中継と言う取り合わせが学生街っぽいではないか。)
場所が始まると毎日のようにカウンター席に陣取り、ピザを食べながら手作りの星取表に書き込んだ。
相撲雑誌も「相撲」「大相撲」「ビバ!相撲」(笑える)の3冊を毎月隅々まで読み込み、次の場所の番付予想を作った。
横浜に巡業で来たときはカメラを片手に追っかけて走り回った。
おかげで千代の富士だけでなく、ほとんどの力士の名前を覚えた。

千代の富士の土俵にたたきつけるような投げに陶酔し、本気でお嫁さんになりたいと思ったものだ。

千代の富士を好きになった理由はなによりその精神力の強さだったと思う。
千代は苦境に陥るたびに重圧をはねのけてきた。

横綱になった次の9月場所、けがで休場したときマスコミに「短命横綱」「すぐ引退」と叩かれた。
11月の九州場所で復帰し、優勝した時インタビューで涙をこらえきれず口を真一文字に結んだ。
平気な顔をしていたのにものすごいプレッシャーと闘っていて打ち勝ったんだなぁと感動したものだ。

娘が突然死した時も大きな数珠を首から下げて場所入りし、やつれて痩せてしまったにもかかわらずすごい形相で優勝した。

本当に強い人だった。
一度しかないチャンスを必ずものにした。
ものすごい負けず嫌いだったそうだ。
私は音大声楽科に在籍していて、本番の舞台のプレッシャーと闘っている最中で、自分の弱さに情けなくなっていたので、大変励みになった。

強いお相撲さんほど短命な気がする。
在位の長い大横綱は、大鵬、北の湖とみんな若くして逝ってしまった。
みんな命を削って勝負に賭けた人生だったのだろう。

私はここのところ千代ロスだった。
ふと気が付いたがちょうどこの記事を書いているときが通夜の日だ。

長生きするより濃く生きて何かを成し遂げる方が価値があるとはよく言うが、本当にそうだろうか。

私もアミ本を描いているとき天に祈った。
「これを出版することが出来るなら10年寿命が短くなってもかまいません。睡眠時間を削って病気になってもいいから出版させてください。」
それは本気だった。
命の長さより夢が叶う方が大事だと思う瞬間はあると思う。

それでも、早すぎる、と悔しくはなかっただろうか。
悔しくないわけがない。

千代の富士よ、ご冥福を、そして「いい人生だった。悔いはない。」と最期の最後に思えたことを祈ります。
勇気と夢をありがとう。

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≪あたしはセンパイ!≫

 あんじゅも6か月、成犬の風格が出てきた。
体重3.3㌔、歯も永久歯に抜け替わり、たてがみも生えてきた。

それに引き替えあみりが一時期1.25㌔に痩せてしまったのを少し戻して現在1.3㌔。
3倍とまではいかないが、かなりの存在感の違いが出ている。

それに対してあみりはどう思っているのだろうか。
マイクを突き付けて聞いてみたいものだ。
夜寝るとき、ぐみやあやめが私の枕元に来ても怒らないが、あんじゅが来ると怒る。
あみりは私の一番近くに陣取り、たいていは肩のあたりで腕枕で寝ている。
そこにあんじゅが乗り込んでこようものなら奇声を発して(と言っても大したボリュームではない。)撃退する。

「なによ!ぽっと出のくせに!私の方がおねーさんなのよ!」
と言ってるのだろうが何せ小さいのであんまり迫力がない。

「随分デカく育ったなぁ」と危機感を感じたりするのだろうか。

先日の昼間の事、見るともなしに二匹のやり取りをみていたら、あんじゅの前にあみりがトコトコと歩いてきた。
あんじゅの目の前で立ち止まって横腹を顔に寄せてアルファベットのTの字のようになった。
それだけでは足りなかったらしく、あんじゅ側の後ろ足を持ち上げて見せた。

「おおーっ、あみり頑張ってる!」
私は思わず声を上げた。

目の前をTの字にさえぎって立つのは『私の方が偉いのだから従いなさい』と言う意味。
足を上げて匂いをかがせるのは『ちゃんとあいさつしなさい』とさらに意味が強まる。

うーん。心労絶えないあみりのために、私もお姉さん扱い忘れずにするとしよう。
一寸のあみりにも五分の魂。
頑張れ!

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≪足ツボマッサージ≫

 足ツボマッサージにハマっている友人に勧められてマッサージ台を購入した。
60×30㎝の板に高さ3㎝のこぶが100個位ついていて、青竹踏みのように乗る。

説明書きには1時間くらいかけて両足で足踏みをしたり片足で乗ったり指の間に挟んだりと、足裏のツボのすべてを刺激するエクササイズが書かれている。
友人には、「つかまれるところに置いて、まずは全体重を掛けないように乗るといいわよ。ソックスを履くとか、タオルを敷くとかして。」とアドバイスされた。
痛そうだなー。
「私は素足で乗ったままラジオ体操も出来るようになったわ。」と。
ラジオ体操!?

 こわごわ乗ってみたが、足踏みなんてとーんでもない!
つかまり立ちして立つだけで精一杯で、動くなんて痛すぎて出来ない。
それも全体重をつかまっているテーブルにかけてだ。

ひいー。

3分ほどじっとしていたが、降りるのも一瞬片足になるので無理。
こんなところでラジオ体操?
ありえない!

再度タオルを厚めにしてチャレンジした。
少しは和らいだものの動けないには変わりない。
じっとしていると、周りにいそいそと犬たちが集まり始めた。
タオルの上で陣地取りのおしくらまんじゅうをした上、横になって寝始めるではないか。
「痛くないの?君たち。」
石ころだらけの地面でも寝られるわけだ。
それにしても高さ3センチの固い凸凹はなかなか無い条件だと思う。
皮膚が柔らかく凸凹にフィットするのだろうか。

それにしてもムカつく。
一歩も動けず小声でヒーとか言いながら立っている脇ですやすや寝られると。
私が大げさに弱音吐いてるみたいじゃないか。

よーし、負けるもんか。
おかげで、3日後には15分乗れるようになり、少し足踏みも出来るようになった。
3日坊主で終わらなきゃいいが。

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≪有袋類・あみり≫

 あみりの調子が良いと書いたばかりなのに、一気に具合が悪くなった。

あみりの体重からすると腎臓サポートのフードを一日30グラム食べてくれれば最低量をキープできるのだが、調子が良いときでも10gくらい、どうしても足りないので砂肝や卵白を足していた。
その量を少し欲張ると調子が悪くなるのだ。

急激に食欲が落ちたので血液検査に連れて行ったところBUNが測定不能になってしまっていた。
たんぱく質の食べさせ過ぎだ。
前回はたんぱく質に気を使いすぎて不足して目やにや血便が出ていたので、食欲があるときはどうしても食べさせたくなってしまう。
重い腎臓病の子は皆そうだと思うが、慢性的な蛋白不足で痩せてお尻の骨も触ると浮き出ている。

個体が小さく数値幅が少ないのでコントロールが難しい。
一日に摂る蛋白量が2.75gを切ると体内の蛋白が不足し、4.4gを超えると数値が上がってしまう。
4.4gって少なくないだろうか!?
気が甘くなるとすぐ超過してしまう。

コバルジンと言う活性炭の薬の量を増やし、その他血流を良くする薬、吐き気を止める薬が処方された。

具合が悪くなると、犬は飼い主の近くに居たがる。
撫でてもらうだけで痛みや不安が和らぐのだろう。

あみりもしきりに抱いてほしがるのでお出かけ用の母手作りの布バッグを出してきた。
バッグを見た途端にお尻を振って喜び、バッグに入れるとすやすやと寝始めた。
家事をするときなど可能な限りバッグに入れて一週間。

食事も一日砂肝1個。
これで20㎉、蛋白は3.6g。
蛋白はこれ以上与えられないがカロリーが150ほど不足する。
体重があっと言う間に100g減って1.25㌔になってしまったので、とにかくカロリーを補給しなければならない。
幸いスイカの季節になって来たので、スイカを小さく切って砂糖をまぶして食べさせることにした。
これで50㎉。
ボーロも食べられないので数十粒を少量の水で溶かして指ですくって口に突っ込む。
プラス40㎉。
これを続けること一週間。

再検査に行くと、数値はやや下がって127。
測定可能になったが、上限は27だからやはり高い。
100を切らないと食欲は元通りにはならないだろうが、このままあと一週間すればかなり下がるに違いない。
この病気と付き合うという事はこういうことだ。

バッグに入って寝ているあみりを見ていると、これがもしアミの生まれ変わりだとしたら、いつも一緒にいたいと言う願いはこうやって叶えられたのだろうかと思う。
いつもぴったりくっついて生きている。
幸せだろうか。
生まれてきてよかったと思っているだろうか。
あみりにとって生きるとはこういうことだから、健康な犬と比べたりはしないだろうが、とにかく、最後まで抱いているからね。
あみりの命の限り、愛情を受けているという実感だけは感じるようにするから。

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