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≪小さな大横綱の訃報≫

 第58代横綱千代の富士が亡くなった。
61歳であった。

 私の青春時代の大スターだった。
あんな格好いいお相撲さんはあとにもさきにもいない。

北海道出身で、「飛行機に乗っけてやるから東京見物に来ないか。」と先々代の九重親方・元千代の山に誘われて、すぐ帰る気持ちで15歳の時に入門した。
肩甲骨のお皿が先天的に浅く、投げ技を打つと脱臼した。
力士として初めて筋トレを取り入れダンベルなどを用いて体中に筋肉の鎧を作って脱臼を防いで横綱まで上り詰めた。

彼が関脇になってテレビなどで注目され始めて私も初めて「千代の富士」を知った。
私は当時大学生で、それまで相撲に全く興味がなかったのに見事にのめり込んだ。
大学の近くに小さなイタリアンレストランがあって相撲中継をやっていた。
(イタリアンと相撲中継と言う取り合わせが学生街っぽいではないか。)
場所が始まると毎日のようにカウンター席に陣取り、ピザを食べながら手作りの星取表に書き込んだ。
相撲雑誌も「相撲」「大相撲」「ビバ!相撲」(笑える)の3冊を毎月隅々まで読み込み、次の場所の番付予想を作った。
横浜に巡業で来たときはカメラを片手に追っかけて走り回った。
おかげで千代の富士だけでなく、ほとんどの力士の名前を覚えた。

千代の富士の土俵にたたきつけるような投げに陶酔し、本気でお嫁さんになりたいと思ったものだ。

千代の富士を好きになった理由はなによりその精神力の強さだったと思う。
千代は苦境に陥るたびに重圧をはねのけてきた。

横綱になった次の9月場所、けがで休場したときマスコミに「短命横綱」「すぐ引退」と叩かれた。
11月の九州場所で復帰し、優勝した時インタビューで涙をこらえきれず口を真一文字に結んだ。
平気な顔をしていたのにものすごいプレッシャーと闘っていて打ち勝ったんだなぁと感動したものだ。

娘が突然死した時も大きな数珠を首から下げて場所入りし、やつれて痩せてしまったにもかかわらずすごい形相で優勝した。

本当に強い人だった。
一度しかないチャンスを必ずものにした。
ものすごい負けず嫌いだったそうだ。
私は音大声楽科に在籍していて、本番の舞台のプレッシャーと闘っている最中で、自分の弱さに情けなくなっていたので、大変励みになった。

強いお相撲さんほど短命な気がする。
在位の長い大横綱は、大鵬、北の湖とみんな若くして逝ってしまった。
みんな命を削って勝負に賭けた人生だったのだろう。

私はここのところ千代ロスだった。
ふと気が付いたがちょうどこの記事を書いているときが通夜の日だ。

長生きするより濃く生きて何かを成し遂げる方が価値があるとはよく言うが、本当にそうだろうか。

私もアミ本を描いているとき天に祈った。
「これを出版することが出来るなら10年寿命が短くなってもかまいません。睡眠時間を削って病気になってもいいから出版させてください。」
それは本気だった。
命の長さより夢が叶う方が大事だと思う瞬間はあると思う。

それでも、早すぎる、と悔しくはなかっただろうか。
悔しくないわけがない。

千代の富士よ、ご冥福を、そして「いい人生だった。悔いはない。」と最期の最後に思えたことを祈ります。
勇気と夢をありがとう。

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